ポンコツらーめん

ブログを知人に読んでもらう「恥」を超えた先にあるもの

自分の気持ちや、やっていること、やりたいことを人に伝えるってすごくエネルギーを使う。

そして、わたしはこれが苦手である。

高校時代の友達や、大学の先輩、親や妹たちに知られることを拒む自分がいる。

 

このブログもそうである。

自分の知っている人たちに読んで欲しい気持ちは心のどこかにあるのに、批判をされそうで(実際にそんなことはないだろうに)SNSでアップできない。

どこか自分の内面を見透かされたように感じるからだ。

しかし、見透かされることを望んでいるから書いているのはある。

 

ブログを書いている目的は、自分と同じような悩みや経験をして困っている人の助けになればいいと思っているから。

あとは、目的もなにも、思考して言葉として表現することが好きだったりもする。

 

助けになるためには、多くの人に読んでもらわないといけない。

その第一歩が、知人に読んでもらうことである。

知人とは、ブログのファンになりやすい存在であり、お互いを知っているからこそ好んで読んでくれる人は多い。

 

その強力なリソースを使わずに、自分の声を届けたい人に届くことはできるのだろうか。

noteやはてなブログのコミュニティでいわゆる「バズれ」ば、届けることはできるかもしれない。

しかし、それはごく一部の人しか起きない現象であるし、狙って起きるものでもない。

 

作家や歌手(作詞者)は、最初は親や友人に読んで(聞いて)もらっていたという話をよく聞く。

つまり、自分を超えて自分を伝えることから始めることがベストなのだろう。

 

周りに声が届くようにするためには、自分の「恥」を捨てなければならないのだろう。

きっと、捨てれるかどうかが、声を届けられるかどうかの違いであるように感じる。

 

(と、書きながらいまだに知人に読んでもらうことを恐れている自分がいる。。)